「旅館業可能」「高利回り12%」「管理もすべてお任せ」──これらの甘い言葉で売られる不動産が、近年不動産市場にあふれている。インバウンド回復や地域活性化を背景に、旅館業付き不動産は一見魅力的な投資対象に見えるかもしれない。しかし、現実にはその大半が「買ってはいけない」物件である。
私は建築士として、用途変更・構造安全・申請実務に日々携わってきた立場から、投資家の皆様に警鐘を鳴らしたい。実態を知らずに手を出すと、儲けるどころか負債と法的責任を背負い込むことになる。この記事では、その根拠を具体的に示しながら、「買ってはいけない旅館業物件」と、隠れたリスクを抱える管理会社の実態に切り込む。
■ 1. 「旅館業付き」の定義は曖昧である
「旅館業付き」と一口に言っても、それが旅館業法上のどの区分を指しているのか明確にされていない場合が多い。旅館業には「ホテル営業」「旅館営業」「簡易宿所営業」などの区分があり、それぞれ構造要件や消防法の規定が異なる。
「許可取得済」と書かれていても、それは旧オーナー時代の話であり、名義変更ができないこともある。また、「許可申請中」「取得予定」という文言には何の法的保証もない。最も多いのは、そもそも旅館業を許可するために必要な前提(用途地域、建物構造、避難経路等)を満たしていない物件に「旅館業可能」とラベルだけ貼られているパターンだ。
■ 2. 買ってはいけない旅館業物件5選
以下に、私が現場で実際に見てきた「買ってはいけない典型例」を挙げる。
【1】ワンルームマンション型物件 → 簡易宿所として運用する計画だが、界壁の基準を満たしておらず、避難経路も不備だらけ。そもそも建物用途が集合住宅のままで用途変更申請もされていない。
【2】木造3階建ての住宅転用物件 → 旧耐震の木造住宅をリノベーションして宿にしようという無理な計画。3階建て木造は消防法のハードルが高く、スプリンクラー設備や排煙計画で申請が通らない。
【3】商業地域にある築古ビル → 用途地域はOKでも、構造計算書がなく、階段幅や廊下幅が基準を満たしていない。補強も困難で「現状のまま営業可能」と言われたが、法的根拠がない。
【4】景観保護区域の古民家 → 雰囲気は良く観光客にも人気が出そうだが、景観条例や文化財保護の制限があり、屋根形状や外壁材すら変更できない。内装改修でさえ行政との調整が必要。
【5】既に旅館営業中の転売物件 → 許可は現オーナー名義であり、売買後に許可が失効する可能性がある。購入者は新たに全て申請し直す必要があり、知らずに契約すると無許可営業の責任を問われる。
■ 3. 管理会社の甘言と免責構造
「フル代行管理」「清掃も運営もすべてお任せ」と謳う管理会社の実態を見てみると、そのほとんどが契約上の“責任回避”構造になっている。営業許可が取れない場合も「オーナー責任」、近隣トラブルや行政指導が入った場合も「オーナー判断」として、法的・実務的な責任はすべて投資家に押し付けられる契約になっていることが多い。
さらに、管理会社によるレビュー対応がずさんで評価が下がったり、清掃が行き届かずに稼働率が低下したりしても、補償されることはない。「稼働率80%超」などの数字も、過去実績ではなく“想定”でしかないケースが多い。
■ 4. 設計士から見る「本物の価値」
建築士の立場から見れば、「旅館業許可が取れている」ことはスタート地点に過ぎない。むしろ重要なのは、
その建物が構造的に長期運用に耐えられるか
消防・避難・断熱・音環境が現代の宿泊ニーズに適合しているか
リノベーションの余地があり、用途変更の計画に柔軟性があるか
という“実装可能性”である。
設計士・法務・運営の三位一体でなければ、旅館業運用は成立しない。中途半端な許可や無責任な管理会社に委ねることは、自ら破綻への道を選ぶに等しい。
■ 5. 結論:「買うな」と言える根拠
私はあえて断言する。「旅館業付き不動産」は、その9割が買ってはいけない物件である。
建築・法令・制度を知らない者が、「高利回り」「合法運用」などの言葉で無知な投資家を惑わしている。そして、それに踊らされるのは、構造を読み解けない者、設計図を読み取ろうとしない者である。
目の前にある物件、その利回り表の前に、まずは設計図を開いてほしい。
そして最後にこう問いかけたい。
「その物件、あなた自身の責任で“運営できる”と言い切れますか?」